大楠公と第37聯隊

「大楠公と第37聯隊」

 楠木正成公は、いまや地元大阪でも半ば忘れ去られた存在と言っても過言ではない。そんな中で、信太山駐屯地に所在する陸上自衛隊第37普通科聯隊では、楠公精神が脈々と受け継がれているという。
 産経新聞が連載する「戦後72年 楠木正成考」「<第17部> 歴史に残る楠公精神⑤」(9月3日付)では以下の通り紹介されていた。

 [連隊に受け継がれる菊水紋
 今年4月16日、陸上自衛隊の信太山駐屯地(大阪府和泉市)の創立60周年記念行事が行われた。観閲式で駐屯地司令でもある丸尾寿明・第37普通科連隊長はこう述べた。
 「連隊のシンボルマークである菊水紋は、地域と関わりが深い大楠公の御印であり、陸軍歩兵第37連隊を経て、第37普通科連隊が受け継いでいるものです」
 明治29年、楠木正成の地元・河内を含む大阪府南部の出身地で構成されたのが旧陸軍の歩兵第37連隊だった。8年後に勃発した日露戦争では、第2軍に属して奉天に一番乗りした連隊として知られる。
 「満州軍の大山巌総司令官が、奉天に入城した際の写真に連隊旗が写っています。武勇に優れた連隊だったと聞いています」
 丸尾連隊長はそう話す。連隊は、菊水連隊を自称していた。楠木家の家紋、菊水紋をシンボルマークにしていたからだ。菊水紋は戦後、陸自の第37普通科連隊に受け継がれ、隊員の識別帽などに広く使われている。

 戦後、陸軍が陸自に変わっても兵に当たる隊員は、地元採用が基本だ。約800人の隊員は、正成麾下の武士たちの気質を連想させる存在でもある。
 「やんちゃで行儀が悪いが、目標を与えると(気持ちが)乗ってくる。ひとたび立てば、何事かやらん、といった熱い心の若者のが多い」
 そう話す丸尾連隊長は、第7普通科連隊(京都府福知山市)と第10普通科連隊(北海道滝川市)で勤務経験がある。第7連隊は寡黙で実直、忍耐強く、第10連隊は、純朴でおおらかな隊員が多かったという。
 「第37連隊は士気が高い。しかし、諦めが早いところがあるので、緊張感が切れないように統率する必要を感じます」
 こうした気質の武士たちを使って100日に及ぶ千早城籠城戦を行い、京での市街戦で勝利したと想像すれば、武将・正成の人間通ぶりがわかる気がする。

 第37普通科連隊は昭和37年の創設時、39の数字が付されるはずだった。陸自は編成順に番号をつけ、同時編成の場合は北から、さらに同緯度の場合は東から数字を付すことを原則としているからだ。その原則を曲げて37としたのは、当時の陸上幕僚長の杉田一次陸将だった。
 〈由緒ある37連隊は大阪にとの強い御指導を行われた。このため師団の改編順序が適切に律せられ例の少ない同番号の連隊の誕生となったのである〉
 『大阪歩兵第三十七聯隊史』はそう書いている。杉田氏は戦前、陸軍士官学校を卒業後初めて、少尉として赴任したのが歩兵第37連隊だった。
 「大楠公は常に、寡をもって衆を撃った。そのためには効率的、合理的に用兵しなければならず、脳漿を絞って考え抜いたと想像します。その歴史はしっかり認識したい」
 連隊の歴史を踏まえて、丸尾連隊長はそう語る。]
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 「楠木正成考」の副題は、「『公』を忘れた日本人へ」というものだ。中共、北朝鮮、ロシアから軍事的圧力を受け、米国にドナルド・トランプ大統領が誕生するという“国難”と言ってもよい状況にあって、「楠公精神」に思いを致すという本連載は、時宜を得た良い企画だ。
 また、現代に受け継がれている楠公精神を訪ねるのに、第37普通科聯隊を取り上げるというのも、実に産経新聞らしい。
 菊水紋を受け継ぐ連隊に、「ひとたび立てば、何事かやらん、といった熱い心の若者が多い」という丸尾連隊長(下写真)の言葉は頼もしいが、一朝事あれば、「寡をもって衆を撃た」ねばならないのが自衛隊の宿命だ。連隊長には、「脳漿を絞って」、「効率的、合理的に用兵」されんことを望みたい。
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 ところで、第37普通科聯隊が大阪に所在した帝国陸軍第37歩兵聯隊の聯隊番号をそのまま継承した事情について補足したい。
 元東北方面総監で第37普通科聯隊長も務められた横地光明・元陸将が「軍事研究」に連載されていた「最後の士官候補生、自衛隊勤務回想記 任は重く、されど身は北面の武士か」の8回目、「第8章 誰もが憧れる連隊長」(2012年6月号)に以下の記述がある。
 [昭和37年に陸自が13個師団体制に移行する際、いくつかの連隊が新編配置された。陸幕編成班は大阪信太山には慣例(編成年次順・北からの順)に従い、第39連隊を配置することを計画し幕僚長の決裁を仰いだが、時の杉田一次幕僚長は「信太山は37i」(注:37i=37th Infantry Regiment〈注当ブログ〉)とするよう指導された。これは奈良生まれで旧大阪歩兵第37連隊(大阪城外法円坂に大阪市を徴募区とする第8連隊と隣接して、摂津・河内・和泉を徴募区として駐屯)出身の幕僚長が、菊水連隊として郷土市民から愛され、日露戦争(終始各会戦)~大東亜戦争(バターン半島攻略)で武功輝く同連隊の伝統を継承させようと配慮されたからである。]
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 また、丸尾連隊長は「やんちゃで行儀が悪い」と部下隊員を評しているが、なるほどと思わせるエピソードを横地陸将は明かしている。
 [着任(注:昭和49年7月〈注当ブログ〉)最初の仕事は、赴任前防衛庁でも問題となっていた事故処理であった。これは陸幕長も重視され、現職政務次官(注:地元出身の木野晴夫・防衛政務次官〈注当ブログ〉)が関心を有せられる問題なので、早急に解決の要があったからである。事件は、レンジャー隊教官の転出の送別会の帰り道に、連隊レンジャーの基幹隊員がやくざと喧嘩になり、刀を振り回して襲いかかってきた相手を投げ飛ばし、はては池に投げ込み、複数のパトカーが出動して相手は拘留、自衛隊員は事情聴取の上釈放となった問題で、警察としても公平な処分が求められていた。
 さっそく関係隊員から事情を聴き、懲罰委員会を立ち上げ、警察署長の見解を聞き、政務次官からの情状酌量要請等を考慮し、対内的にも対外的にも筋の通った処分案を決め上級司令部に報告、こじれることなく本問題を解決出来た。]

 隊員がヤクザに投げ飛ばされるよりはましだが、今もってこのような「やんちゃな」隊員がいるとなると、丸尾連隊長の苦労が偲ばれる。

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この記事へのコメント

おお
2019年05月24日 20:08
その話は部隊内でも語り草になってましたよ。自分も入隊してしばらくしてから業務隊の古株の技官の方から聞きました

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