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zoom RSS 三笠宮寛仁親王殿下御逝去

<<   作成日時 : 2012/06/07 22:01   >>

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「三笠宮寛仁親王殿下御逝去」

 6日午後3時35分、多臓器不全のため三笠宮寛仁親王殿下が御逝去されました。謹んで哀悼の意を申し上げます。
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 寛仁親王殿下は、御容貌が良く似ておられる明治天皇譲りの強い御意志と歯に衣着せぬ言動で知られているが、小泉内閣で検討された女系天皇を容認する皇室典範改正に関する問題が持ち上がった際にも、皇族の中で唯おひとり、女系天皇に反対するお考えを明らかにされた。
 寛仁親王殿下は、平成17年に首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が、女系天皇を容認し、性別に関わらない長子相続などを盛り込んだ最終報告書を提出したことについて、御自身が会長をお務めになられていた福祉団体「柏朋会」の会報に批判の文章をお寄せになられた。
 その中で殿下は「天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代・神武天皇から連綿として一度の例外もなく『男系』で今上陛下まで続いてきているという厳然たる事実です」とお述べになり、元皇族の皇籍復帰や、女性皇族に養子を元皇族(男系)から取ることができるようにするなどの具体的な方法をお上げになって、男系相続の道を探ることを御提案された。

 寛仁親王殿下のこのような発言に対し、反日・反皇室グループ(それは政府や宮内庁の中にもいる)から批判の声が上がったが、殿下は「歴史の一大事。あえて火中の栗を拾う」との強い御決意だったと、竹田宮恒泰王が語っておられた。
 また、平成18年2月の産経新聞のインタビューでは、有識者会議が旧皇族の皇籍復帰を「国民の理解と支持を得ることは難しい」としたことに対し、敬宮愛子内親王が皇位継承者となり、「女性天皇の配偶者」が陛下と呼ばれることのほうが違和感があると批判されていた。
 
 あらためて申すまでもなく、皇室典範に関する有識者会議は女系天皇を誕生させ、国体を消滅させることを画策する勢力(その中心人物は古川貞二郎)により、設置・運営されたものである。同会議、あるいは同勢力は、ありもしない天皇陛下の「女系天皇容認の御意向」を振りかざして、強引に女系天皇容認の結論を導き出した。
 寛仁親王殿下は、「このままでは陛下の偽りの御意向がまかり通ってしまう」と危機感をお覚えになり、父宮殿下の御意思も御確認された上で、「天皇陛下は決して女系天皇を容認されていない」ことを明らかにするために、上記の文章を御発表されたのである。
 まさに寛仁親王殿下は、天皇陛下の最後の「藩屏」として御活躍されていたのだ。国体の危機が未だ去っていない現状にあって、殿下を失ったことは我が国と皇室にとって筆舌に尽くし難い痛手である。

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